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May 10, 2012
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『“丸に十の字”の社章は、創業者である島津源蔵が、島津家の家紋を商標として定めたことに由来します。
島津源蔵の祖先は、井上惣兵衛尉茂一といい、1500年代後半に播州に住んでいました。薩摩の島津義弘公が、京都の伏見から帰国の途上に、豊臣秀吉公から新たに拝領した播州姫路の領地に立ち寄った際、 惣兵衛は、領地の検分などに誠心誠意お世話をしました。その誠意に対する感謝の印として、義弘公から“島津の姓”と“丸に十の字(くつわ)の家紋”を贈られたと伝えられています。』

>だそうです

肯定も否定もしないスタンス
良いですね。

http://www2.harimaya.com/simazu/html/sm_kamon.html

>ところが、徳川期になると、礼装用の紋に転化したために、多くの武家が外郭に丸を付けるようになった。島津氏もこれにならい以後、定着したものである。

>井上惣兵衛尉茂一といい、1500年代後半に播州に住んでいました。

井上惣兵衛尉茂一という人物が居たとされる時代の島津氏は、十字紋を用いて居ました。

島津源蔵か島津源蔵の先祖が歴史の教養の無い頭で、歴史を捏造したのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E7%BE%A9%E5%BC%98#.E9.96.A2.E3.83.B6.E5.8E.9F.E3.81.AE.E6.88.A6.E3.81.84

慶長5年(1600年)に関ヶ原の戦い