最初に書き換えたのは、我だが、

https://plaza.rakuten.co.jp/jigen2012/diary/202005250010/

2020.05.25
XML

  

カテゴリ:カテゴリ未分類
5ちゃんねらーは嘘吐きだな。

 
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1481591074/

139名無しさん@お腹いっぱい。2020/05/04(月) 06:37:40.83id:Bmxl1lRY0
先祖について二つの説があるとか書き換えられたけどあれなんで放置されてるの?
元々の本多家の家臣だったが姫君が牧野家に嫁ぐ時に一緒に先祖が牧野家に移ったと言うのを単なるそういう説もあるとか書き換えられた
もう一つが突然付け加えられた長岡の地侍とか言うもの。地名にある河井から苗字をとった地侍とか
あんな妄想を放置してるのはだれか直すだろうとかで誰も手をつけないから?
関わるのは嫌だから?


最初に書き換えたのは、我だが、
後に我よりも教養、学歴が上と思われるユーザーが、手直しの感じで編集された。
実質的には、中身は同じだ。
では、何故何年も放置されて居るのかと言うと、

>本多氏家臣説では膳所藩主の娘が初代越後長岡藩主・牧野忠成の嫡子・光成(藩主になる前に死去)へ嫁ぐにあたり、河井清左衛門と忠右衛門の兄弟が長岡へ帯同した。そして兄に40石、弟に25石が与えられ、そのまま牧野家の新参家臣となった。<

姫の輿入れに帯同して嫁ぎ先に居付くのは、腰元のイメージ
男だと、姫と肉体関係に有ったと疑われますよ。
しかも、二名も。

山家河内
やんべ・かわち
【別称】山家公俊、山家清左衛門
【略伝】
 伊達家の家臣。
 最上義守に仕えていたが、義守の娘義が伊達輝宗に嫁ぐに当たり、これに付き従って伊達家に入った。
【特記】
【配役】
大和田伸也(40)

伊達家ですら、一名ですよ。
七万四千石の牧野家が二名なんて、有り得ねー。
兄に40石、弟に25石が与えられる筈が無い。
兄と弟の俸禄の差は、10石も開かない筈だ。