只見町の奴らが主張する「長岡兵、其の家族、百姓、町人ら、長岡からの避難民に只見地方の百姓たちが、種籾を食わせた」美談

アセンション詐欺に遭いましたか?:只見町の奴らが主張する「長岡兵、其の家族、百姓、町人ら、長岡からの避難民に只見地方の百姓たちが、種籾を食わせた」美談 (livedoor.blog)

2021年08月13日

 

只見町の奴らが主張する「長岡兵、其の家族、百姓、町人ら、長岡からの避難民に只見地方の百姓たちが、種籾を食わせた」美談

 
 
甦る山河
 
@kanamuki
 
菅に告ぐ 会津藩士丹羽族の精神 北越戦争で長岡から撤退する河井継之助等長岡・会津藩士、領民ら約2万人が奥会津入 族は糧食提供の為奔走したが失敗 族は継之助を迎え入れた夜、部下と酒杯を交わし感謝の意を伝えた後自室にて切腹 族の遺書を読み聞かされた住民は来年の種籾まで提供し難局を凌いだ
 
 
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只見町の奴らが主張する「長岡兵、其の家族、百姓、町人ら、長岡からの避難民に只見地方の百姓たちが、種籾を食わせた」美談
以前に我がブログ記事に書いたが、三島億二郎も小林虎三郎も、
只見地方を訪れず、御礼の品の贈呈どころか、感謝の言葉も発して居ない。
「長岡兵、其の家族、百姓、町人ら、長岡からの避難民に只見地方の百姓たちが、種籾を食わせた」美談は、長岡側には史料は無い。
我に尋ねたところ、
河井 繼之助と今井 孫兵衛が會津領の寺と旅籠屋に金を与えて、
米、塩、味噌、醤油、干し魚を備蓄させて、長岡領からの戦争避難民に食わせる計画だった。
大雨による洪水で只見地方は孤立してしまい、
代官が寺と旅籠屋から米、塩、味噌、醤油、干し魚を奪い、
部下と百姓に食わせた。
河井 繼之助が只見地方に来た事を知った代官は、
米、塩、味噌、醤油、干し魚の備蓄を奪い、横領した罪を河井 繼之助に追及される事を恐れて、
切腹した。